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 授業の終わりを告げる鐘の音が校内に響きわたる。その数十分後、複数人が言葉を交わす気配を感じ、劉院はそっと意識を覚醒させた。
 少し寝れば楽になるかと思っていたが、そう上手くはいかないらしい。

「お、ちょうど起きたか。熱は……下がってなさそうだな」

 仕切りのカーテンを開きながらアルバートが劉院の額に手を当てる。普段の雑な仕事ぶりからは想像もできない真面目な勤務態度に、明日は槍が降るのかもしれないなんて突拍子のないことを考えた。

「アルバート先生が男相手に仕事してる……明日は槍が降るぞ」
「どういう意味でしょうかね、香折先生」
「うぐっ」

 劉院の心の声を代弁したことにより鳩尾を強打されたのは、思いがけない人物だった。正直な気持ち、一番送迎を依頼したくない人物である。何故かって、そんなのは決まっている。

「劉院、大丈夫か?荷物持ってきたぞ」
「伊折……」

 チームメイトの実の兄だからである。

「そんな嫌そうな顔するなよ」
「……荷物、ありがとう」
「お、素直じゃん。よしよし」
「調子のんなバカ」

 香折の後ろから顔を覗かせたチームメイトである伊折に対して反射的に向けた顔が良いものでなかったことは安易に想像ができる。別に、彼のことが嫌いな訳ではないが、入学当初は反抗的な態度をとりがちだったため、その名残がぬけないのだ。信頼はしているが、素直になれない。それは彼がすぐに調子にのるのも要因のひとつである。
 

「香折先生が公用車で家まで送ってくれるから。早く帰って休め」
「……はい、ありがとうございます」

 香折は、少し大雑把だが生徒達に人気な良い先生だ。しかし、劉院にとってはこういう時、チームメイトである伊折に全て筒抜けになってしまうのが難点である。
 とはいえ、この学院ではチームメイトとの行動はごく一般的で義務付けられていることもあり、おのずと連絡が入るのは当たり前のこととも言える。他のチームメイトに伝わるのも時間の問題かもしれない。
 
「劉院、動けそうか?」
「なんとか」

 伊折から劉院の荷物を受け取りながら、香折が顔色をうかがう。劉院はなんとか身体を起こし、立ち上がる。校門くらいまでならばなんとか歩けそうだ。

「それじゃ、ちょっと行ってきます」
「安全運転で頼みますよ」
「へーい」

 アルバートの声かけに適当な返事で応えた香折を横目に、立ち上がった劉院を見て、伊折はふとあることに気がついた。兄と共に医務室を後にし、校門へと向かうチームメイトは、明らかに少し痩せている。
 最近、少し元気がないことにはなんとなく気がついていた。しかし、劉院の性格上、伊折に素直に弱音を吐くわけもなく、様子をうかがっていたのだが、チームリーダーとして、もう少し気にかけてやればよかったと思い返す。

「箕原ちょっと待った」
「あ、はい」

 二人の背中を見送り、自身も医務室からおいとましようかと考えていた時、アルバートがそれを制止する。

「劉院って親御さんと仲が悪いのか?」
「……聞いたことないですね。あいつあんまり自分の事を話したがらないので。ただ、片親とは聞いてます。」
「そうか……」

 先程の劉院の態度を思い出しながら、アルバートはどうしたものかと考え込む。本人が詮索されたがっていないのは明白だ。先程のことをチームメイトに伝えるか否かも慎重に判断すべきだろう。

「まあ、なんだ。もう少し気にかけてやってくれ」
「はい。気づいてやれなくてすみません」
「誰の責任でもねえよ。荷物ありがとな。お前も気をつけて帰れ」

 はい、と相槌をうち軽く会釈をした後、医務室を後にする。どうやら雨が降り始めたらしく、窓の外には色とりどりの傘をさした生徒達が下校する姿が見られた。じっとりした梅雨らしい空気を大きく吸い込み、少しだけ息をつく。

「……相談してくれとは言えねえよな」

 現在のチームを結成してから三年目になり、出会った頃と比べればお互いに気を許し合える仲になりつつあると感じていた。当時の劉院の反抗的な態度を思い返せば、随分気楽な仲になったものだと感心さえする。しかし、やはり心の奥底から信頼しあえているとは言えないと、実感してしまった。

「俺が言えたことじゃねえな」

 知られたくないことや秘密にしていることは、誰にでも一つや二つあるものだ。それは伊折も同じだった。
 チームを組むということは、簡単な事じゃない。日常的な学院のこの制度がここまで難しいことだとは想像もしていなかった。もちろん、相性が良く上手くいくチームもあるだろう。ならば、それに当てはまらない場合は、どうしたら良いのだろうか。課題はまだまだたくさん残っている。

「リーダーって難しいな」

 ぽつりとこぼれた独り言は、雨の音にかき消されて溶けていく。降り出した雨がやむのはいつになるのか、誰にも知る由はない。

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